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  • 2016.08.16 Tuesday
  • -

3月31日

あ、6カ月定期が今日までだった!
買わねば、、

先日、大吉くんと福ちゃんの犬の家のページ見てたら
うちが通っている病院の先生が出ていた。
この先生です。奥様もでらべっぴん。(昭和〜)

横浜から引っ越すのに腰が重いのは、
この病院が近所にあるってのもある。
もよもよしてるうちに、賃貸の契約更新になった。
なんかあっという間だな。

調布に住んでたのが2年弱なので、
今の家の方が長く住んだことになる。
調布は、お隣が青じそ先生だったり、
ちび課長と出会ったりで、イベントてんこもりだったので
濃密な日々だった。そして自然が多くて面白かった。

ちび課長の家でカブトムシとりをしたり
夏野菜の収穫をさせていただいたのが思い出される。
調布、良いところだよ〜

昨日、桜木町の臨海パークから大桟橋、山下公園、元町公園と
歩いて桜見てきて、桜木町のあたりは
新しいものがたくさんありすぎて、自分の知っている横浜と
全然ちがうことにびっくりしました。
山手のあたりや、野毛方面は変わらずなんだけど。
やっぱり車橋モツ肉店でもそもそ冴えない感じで飲んでるのが落ち着く。

- - -

遊びつくした感がある、盛岡紺屋町のわんこ屋跡地ですが

20150322_1195486.gif

合成したときに、前を歩いているご婦人2人の位置が合わず、
「?」となりました。
パース的には合っているはずなのに、なんで道のど真ん中を
歩いているんだろうかと。
(元の写真は、橋の端、欄干そばを歩いていたので)

しばし考えたあげく、橋の架け替え!ということに気がつきました。
1961年のときの橋を架け替えて、拡幅工事をして、
橋の幅が広くなったのかと。(もしくは橋の位置が変わった)

と思って調べてみたら、
1961年当時に架かっていた橋は、大正14年(1925年)に架けられた
鉄筋コンクリートの橋桁を使った、当時ハイテクだった橋。
それを1969年(昭和44年)に架け替えたそうです。

ほほーん。

あと正確には、カメラの立ち位置が、
61年当時の方がもうすこし左寄りでした。
同じ場所に立って撮るのが無理だったので、すこしズレがあります。
車通りが多いところで、月曜の朝だったため、さすがに道路上で撮影は無理。
それにレンズがもう少し望遠だな。
90mmくらいのレンズで撮ってるっぽいです。
自分は75mmくらいのズームしか
持って行かなかったのでちょっと足りなかった。
なんで「ぴったり」と書いたけど、厳密にはぴったりではないんだよな〜



1959年のわんこやと番屋ですが、
わんこやのメインの建物の奥にあたる、番屋の隣になる、
この背が低い建物は一体なんだったんでしょうか?
映画の中では小上がりになっていて、そこで蕎麦をすするシーンがあります。

くし父のアルバムでは、畳敷きの2階に通されたそうで、
それはたぶんメインの建物ではないかと。

背が低い方の建物の屋根に、えんとつが飛び出てて、
これは浄化槽から出ているえんとつに見えるような。
トイレが汲取式だったのかな?

メインの建物の川側に入り口が見当たらないから、
この背が低い建物が入り口になっていたのかもしれません。

しかしきれいな町並みだな。
東北の昔の町並みは、かこさとしの絵本「ゆきのひ」みたいで
ノスタルジックで良いですねー。


  • 2015.03.31 Tuesday
  • 10:22
  • -

3月12日



2階にある納戸に、ずーっと昔から変わらずあるアルバム。
業者さんににデータ化依頼するために、
ほこりを落として、中身の確認。

一番下の段は、まだ結婚する前のかなり昔の
白黒写真が入っていた。
一番下の段のすきまで、チャメが昼寝をしていたらしく、
布製のアルバムに長毛がからみついてるのと、
砂利が中に入ってるので、難儀する。
まったく。

だいたい、何から何まで記録して残してるのだ。
日記とか。
いや、人のこと全く言えないけど。



旅の前に福島氏と打ち合わせをした、
と書いてあったけど、
その日付までちゃんと書いてある。



大学生時代の手帳。
輝けるコンパの文字。あれ、このコンパって、今と同じ意味ですかい?

手帳を見返して驚いたのは、
2年生だというのに、いろいろな企業が青田買いに来ていること。
たしかに経済成長期に入りかけてるときに
石油化学の研究をしている学生なんて、
引く手数多だったろう…それにしてもすごい。

学生運動があって、ストライキの文字が見える中、
早くも企業内で研究を始めてて、
しかも給料まで貰ってるのである。
インターンとかではなく、
完璧青田買い、しかも卒業前から給料貰ってる。
時代が違うなー…

- - -

手帳を見ながら思ったのは、
あー本当に勉強できるんだなーってことだ。
自分の大学生時代と比べると…申し訳ないっすよ本当。
土下座。

アルバムの中に福島氏のフルネームがあったので
調べてみたけどビンゴの人がいない。
かなり近い名前(漢字1文字違い)で
化学系の人がいたけど、10歳若かった。
手がかりがない…

  • 2015.03.12 Thursday
  • 22:58
  • -

3月11日

1963年東北周遊の写真を見てると、
知ってる場所や物は多いけど、
2015年に残っているものが、思ったより少ない。

湯ノ倉温泉は岩手宮城内陸地震で。
栗電こと栗原電鉄や、大畑線は廃線に。
宮城で宿泊している旅館は
311の津波で流されてしまっている。

ページを割いている陸中海岸国立公園は、
名前が三陸復興公園に変わった。
盛岡のわんこやも無くなっている。

反対に、変わらずにいるものは、
栗駒山や恐山、十和田湖。
毛越寺、中尊寺、
それから蔦温泉も変わっていない。

0311_01.jpg

1962年の月刊『旅』を見てると、
ここ数年のニュースで「幕を閉じました」と聞いたことが
あるものがいくつか出てきて、感慨深い。
寝台特急あけぼの登場、とか横浜プリンスホテルとか。

老舗のお店とか、今まで「老舗」って聞いても
「ふーん、古いのかあ」くらいにしか思わなかったけど、
長い年月、時代に沿ってずっと現役でいるのって
実はものすごいことなんだなーと思った。

- - -

今BOOMの島唄を聞きながら
「懐かしいな〜この曲」って思ったんだけど、
こうやって生きて年をとっていくと、
自分のなかの「懐かしいフォルダ」の中のデータが
どんどん増えていくのかと思い、ちょっと恐ろしい。

若い頃は毎日新しい情報を取り入れて、
「懐かしいフォルダ」なんて見向きもしないけど
30超えて、気がつくと、
自分の「懐かしいフォルダ」の中にも
かなりデータが溜まっているのだった。

カラオケで歌う歌だって、
懐メロが多くなる訳ですよ。

あーあー。


  • 2015.03.11 Wednesday
  • 23:47
  • -

3月10日



そんなこんなな、大学生くしちち1963年の旅ですが、
もれなくiphoto bookになっておりまして、そちらはかんたんな解説つき。
前文が書いてあったので、書き写してみます。

- - -

東北一周の旅 昭和38年7月18日〜8月11日

[旅の計画]

昭和30年代の始めから続いていた"岩戸景気"、
そして翌年に開催を控えていた
オリンピックに世間は沸き立っていた。
戦後の高度経済成長期の前半の
締めくくりの時期でもあった。
庶民の暮らしにも余裕が出てきて、
"旅"への関心も高くなってきていた。

その先陣を切って、秘境や秘湯と言った
非日常的な地域への関心が高まってきた。
ただ現在と違ってインターネットは無いし、
旅雑誌もJTB発行の「旅」位しかなかった。
月刊誌「旅」では毎月のように
こうした特集記事を載せ、読者の関心を煽った。



昭和38年・大学2年の夏休み前、仲の良い福島と、
夏休みの間に出かける旅の
スケジュールの打ち合わせを何度かした。
旅行スケジュールの立案は殆ど私に任された。

旅の前半は一カ所に長逗留し、
後半を東北を巡る旅に充てることにした。
その前年、昭和37年10月に、仙台に居た
兄貴(この時は、東北大学の4年生だった)の下宿に
遊びに行った帰りに、栗駒山の麓にあるランプの宿、
「湯ノ倉温泉」に寄り道し二泊した。

もちろん「湯ノ倉温泉」を知ったのは、
「旅」からであった。
その時の体験が強烈な印象として残っていた。

それで旅の前半には「湯ノ倉温泉」を選び、
暫しここに逗留することに決めた。

- - -

だそーです。
まだまだ前文は続くのですが
書き写すのが疲れるので。

ちなみに月刊誌「旅」は
2012年に休刊になってました!惜しい!

戦前から出してたんだけど、大戦中は休刊。
戦後1946年に日本交通公社から復刊して、
1957年には松本清張の「点と線」を連載していたそうです。

最期は新潮社に発行権が譲渡されたそうですが
それも2012年に休刊。
ヤフオクに出てるのでジャストの年は無いですねー。

昭和30年代の旅行に関して、こちらのページ
わかりやすかったです。ほへ〜

  • 2015.03.10 Tuesday
  • 00:09
  • -

3月8日

0308_06.jpg

ここんとこ、ずーっと土日が曇りや雨だなー。
今日も小柴漁港の直売は休漁、お休み。
雨も風も祭りでも休漁。カメハメハ大王か。

天気もさっぱりなので、家で家事をしつつ、
ずっと先延ばしにしていた父のHDDの整理とデータ移行。
ナウ移行中。
IOデータの500GBが2つと、昔のbuffaloの170GBのが1つ、
まだ中身未確認のlogitecが1つ、古いIOデータが1つ。
こりゃー深夜までかかるな。。

昔のだからか、安い奴だからか知らんが、HDDがデカイ訳ですよ。
電源別付けで、5個分の電源アダプター、本体、USBと
邪魔でしょうがない!

手持ちのtranscend2TBにしゅくしゅくと収納中。

- - -

遺品整理は時間のムダでしかない。生産性ゼロ。

遺品を整理することで、遺された人も心の整理を…
なんて精神論を言ってられるのは最初の3時間くらいですよ。

死ぬ前に自分のもんは自分で片付けとけ!!

- - -

それもこれも、父は捨てられない派所属の人間でして。
本人曰く「整理整頓完璧!」なそうなんだけど、
『積んどく型』なんだよなー。

整理整頓って、

1.その物が必要かどうかを取捨選択して、
2.それがあるべき場所を考えて
3.そこに並べる(収納する)

という手順があると思うんだけど、
父がやるのは、主に3。
ひたすら、並べる、積んどく。。こけしを見ればわかるように。
リストを作ったり、溜める一方で、
捨てるという選択肢が無かったのでした。

子どもの長兄と、自分は、ばしばし捨てる型。
父が死んだあとすぐ、2人で実家にいって
今まで片付けられなかった空のダンボールを
山ほど解体し、捨ててすっきりしたのだった。

6畳と8畳の和室が、空のダンボールで埋まってたのですよ。
PCやプリンター、その他家電を買ったときの
ダンボールが、律儀に何世代も前のものまで
捨てずに(中の発泡スチロールも)積んであるのでした。

むきー!

それを解体して発泡スチロール分別して、
古い中身が入ってたら粗大ごみかPC回収で、
というのを無限に繰り返し、ようやく部屋が空き、
遺影やら花を飾る場所ができた…のでした。戦争。

ダンボールをどけない限りは、
押入れの中のものや、タンスのこけしを出せないという
玉突き式片付け。

床も10何年ぶりで掃除機や雑巾がけをし、
すっきりした実家だが、住む人はこの世にいないのだった。
シュール。
ちなみに本人が生きている間は、
触られるのを(捨てられるのを)本気で嫌がってたので
努力することをあきらめ、放置。

- - -

いまデータ移行しているHDDに、itunesのバックアップが
入ってるんだけど、すごい量のクラシックや昭和歌謡なんすわ。
でも、itunesに格納すると安心するらしく、
本人ほとんど聴いてないんだよねー。
父のmacのitunes履歴調べたら、ほとんどゼロ!
アナログレコードのコレクションも、
集めたら安心で、1回か2回しか聴かない!

勘弁してくれー。

- - - 

唯一の救いは、趣味が写真で、iphotoブックを作るのが好きだったんだけど、
(appleのサービスで、写真の本が作れる)
100冊超のiphotoブックを作ってたのです。
それが全てpdfデータ化されていた!わー!ハレルヤー!

100冊ものアナログの本、どうしようかってとこでした。
これで廃棄できる。。

あとは写真のデータなんだけど、
rawデータとレタッチ後のデータがあって、
どっちをとっておこうか、迷うくらい。
まあ、レタッチ後jpgで良いかな。

- - - 

あ〜もう、古いHDDだから書出しが超遅くて、
170GBの移行に3時間とか!!!かかる訳ですわ!!
しかも「ぎりぎりぎりぎり」とかやばい音してるし。
さっさと廃棄して、デスクの上をすっきりさせたい。

もう中身見ずに全部捨てたいよー。
しくしく。


  • 2015.03.08 Sunday
  • 16:28
  • -

2月12日

itoshima.jpg

あったあった、わっぱの弁当箱、洗ったやつを会社の給湯室に忘れてたわ。
よかった〜。

- - - - 

三崎で買ってきた魚が本当に美味しかったので
魚食べたい欲が抑えられません。
半年くらいで魚好きとしてのレベルアップ度合いがアップしました。
もともとは、魚全然興味無かったのにな〜。

・魚より肉が好きだし、魚がメインなのはいまいちだなあ↓
・中性脂肪を下げたいのでしょうがないから青魚食べよー↓
・料理するの面倒くさいから、できあえの鯖味噌や缶詰でいいや↓
・できあえのだと、味に飽きるなあ、魚焼き器買うか↓
・鮮度良い旬の魚を自分で料理して食べるとでら旨い↓
・スーパーの魚じゃ物足りない、もっと旨い魚を!

と順調に魚好きへの道を歩んでおります。

そもそも、毎日帰るのが遅いので魚は利用しずらいこと、
スーパーに行くのが閉店間際だから、ろくな魚が残っていないこと、
とか、一人暮らし自炊派には魚料理は分が悪いんだよな〜

うまい魚を手にいれるにはどうしたら良いか、
というのが目下の課題でござんす。
で、それを調べるうちに、面白いことが見えてきた。

- - - -

上であげた、自分の消費行動の変化なんですが、
これがいまの日本の魚消費政策と結びついてて、
ほほーと思った次第です。

日本の魚の年間消費量は、かなり落ちてきています。
農水省水産庁で出してるデータが違う)

昔は日本人はたくさん魚を食べていたんだけど、
2007年前後を境に、
魚介類と肉類の1日当たりの摂取量が逆転してます。

そこで国が、国民の魚離れを食い止めよう
と始めたのが「ファストフィッシュ」作戦。

買ってきたあとに捌くのがめんどくさい、
骨が邪魔、などの消費者のわがままに応えるべく
もっと手軽に魚を食べられる(即食)ようにしよう、
というのがファストフィッシュの考え方です。

まさにこれ。骨がなくて、セブンイレブンで24時間買える。
自分も一時期どハマりしました。
(おかげで中性脂肪値も落ちた)
1年で1000万食以上売り上げる、隠れたヒット商品だそうです。

そんなどハマりしたさばの味噌煮も、しばらくすると飽きてくる。
それで、自分でスーパーで切り身を買ってきて、
魚焼き器で焼くようになりました。

でも、スーパーの切り身って、手軽なんだけど
いっつも同じ種類だし、値段の割に、
なんだか美味しくないんだよなー。という贅沢な悩みも。

そもそも、スーパーの鮮魚売り場は斜陽だそうです。
スーパーで鮮魚を売る場合、品切れを防ぐ、売れ残らない、
という命題で縛られている。ファストフィッシュの商品は増えるけど、
丸のままの魚(丸魚)を買う人はどんどん減っている。
その結果どんどん売り場が小さくなる、、という悪循環のようです。

せっかく魚が好きになって
魚を調理したい、食べたい、というモチベーションを持っても、
スーパーの売り場だとそれに応えづらい、という状況みたいです。
(もちろん場所によっては品揃えの良いスーパーや鮮魚店があると思いますが)

で、実はそう考える層が消費者の中にもあるらしく、
その潜在ニーズを突いたスーパーもあるそうです。
ここ。横須賀のスーパー、エイヴイ。

ファストフィッシュ商品を求める層をばっさり切って、
コアな魚好き(丸魚を買って、自分でさばいて、料理する層)を
狙った鮮魚売り場を展開してるんだって。
うわー、行ってみたい!

それから上の消費者層と重なるなーと思ったのは、
横浜の金沢にある小柴漁港の直売所に行く層。

中央水産研究所が、小柴の直売に行く消費者は
どんな層なのか、というのをアンケートに取っていました。
見えてきたのは、地物好きで、鮮度重視な、
高齢世代の男性。という結果だそうです。
へー!

日本人の中で、若年層より高齢者層の方が
魚介の消費量が多いのはなんとなく知ってましたが、
やっぱりそうなのか。
ちなみに、30代が食べる魚の量は、
60歳以上の人が食べる魚の量の三分の一程度です。

このまま世代交代が進むと、
もっともっとスーパーの鮮魚売り場は寂しいことに、
鮮度の良い丸魚を売るお店が無くなっていくことになりそうです。
がーん。
せっかく魚好きになったのに。
いろいろなところで
「魚を食べよう」「魚で健康に」と言われてますが、
おいしい魚が食べられなくなってしまっては、
魚離れがさらに進むんでは。

鮮度が良くておいしい魚を、身近に買えるようになりたい、
というのが今現在の願望。

海沿いに住めば良いのかな〜。

ちなみに曇り眼鏡の司令官は魚リテラシーが高いのですが、
出身地の青森県は日本で一番魚介を消費している県です。
さっすが〜


  • 2015.02.12 Thursday
  • 11:36
  • -

1月5日


昨年いちばんきれいだと思った、鳳凰三山の日の出どき。
山が赤い。

パン食べたいと思っても、ダイエット中だと後回しになってしまい
おいしいパンが食べられない。
ホームベーカリーで久しぶりにリッチめなパンを焼いたら
おいしいのなんの、、バターと砂糖と牛乳だもんなー。

白米、食パン、うどん、パスタと
好物がのきなみ高GI値の食品である。
健康診断は中性脂肪でひっかかってる。
ちなみに祖母は糖尿病だ。

カロリー制限も、運動も大切だけど、
GI値と向き合うべき人生のタイミングなのか。

玄米も、蕎麦も、好きじゃないし、
主食どうしようって感じだ。
とりあえず量を減らしてます。
以前は白米を一食で200g〜300g食べてたのを、150gにした。
あとは麦ご飯にするとかかなー。

やっぱり朝食はパンも食べたいのだが、
パンに合うおかずはご飯のおかずと比べて
ベーコンやら卵やらバターやらが多い。

うーん。うーん。
パンはとりあえず、全粒粉や、ライ麦粉を買って
自分で焼けば食パンよりかは良いはず。
おかずは、野菜スープかなあ。
そいでオイルサーディンとかを挟めば良いのか。
とりの胸肉でもよさそうだな。


美味しい料理を作るより、
生活習慣病をふせぐ料理を(美味しく)つくる方が
全然難しいと思う今日このごろ。









  • 2015.01.05 Monday
  • 17:25
  • -

12月26日

1227_18.jpg

最近のヤマレコやらで、塔ノ岳山頂に猫がいる、
というのを見て気になっていた。
11月中旬以降から出没するようになったらしい。

そもそも、塔ノ岳には尊仏山荘のアイドル、みゃー君が存在している。
みゃー君以外に、野良なのか、捨て猫なのか、出没しているらしい。
お昼ご飯を食べる人間におねだりをしてるのだとか。

みゃー君と同じく、捨てられたのか、それとも
どこからかやってきてるのか。
尊仏山荘はみゃー君のご飯あるし、なんだったら
面倒でも見てくれてるのかも?となんとなく想像。

もし捨て猫で、山を自力で下りられないのなら
かわいそうだなーと、23日の朝に尊仏山荘に電話をしてみた。
結果、驚くべき事実がw

・猫はとくに面倒みていない
・ずっと塔ノ岳の山頂にいるわけではない
・手で捕まえるのは難しい
・行動範囲がすごい広い
→なんと、丹沢、蛭が岳、ユーシンでも目撃情報有

おもわず「うひゃー!」って言ってしまいましたよ。
蛭だけじゃなくて、ユーシンまで下りてるって?!

ふむふむ、想像してたのとかなり違うなあと思い、
礼を言って電話をきり。
なんとなくもう少し知りたい気もするので、
時間がとても遅いけど、ちょっくら塔ノ岳まで行ってみることに。

山頂に着いてみると、聞いてた通り、姿は見えず。
尊仏山荘で話しを軽く聞いてみたところ、
とくにさしせまって保護の必要はなさそうな感じ。

本猫の意思で山を行き来している様子だし、
望めば大倉へも下れる体力を持っている。
みやま山荘も尊仏山荘も通年で人がいるし。

ちなみにみゃー君は発情の時期に、大倉まで行き来してたらしい。
うちの親戚が山の中で飼っていた猫も、発情期に
山の中を何キロも旅して、帰ってきていた。

尊仏山荘の人も、言っていた。
「あの猫は強いよ」

その猫に貢ぐために持っていった
ささみやちゅーるを、みゃー君に捧げて
帰ってきたのでした。

ちゃんちゃん。


  • 2014.12.26 Friday
  • 15:13
  • -

12月7日

ぶるっちょさむさむ〜
これ書いたら、灯油を買ってこよう。

結局、amazonの軽アイゼンが土日までに届かず
土日は山に行かなかった。

せっかく蛭まで行けたから、次は檜洞丸まで行きたい、
もしくは西丹沢や焼山の方に抜けてみたい、
と思っているので、念の為、チェーンスパイク欲しいところ。
昨日は丹沢で雪降ったみたいだ。
蛭の向こう側は北斜面になるので、すこし怖い。

今朝は3時に目覚ましかけて、起きて、
行こうかどうしようか迷ったけど
アメダスの氷点下の気温みて、あきらめて二度寝。

結局土日は家で猫とのんびりしてました。
平日飲んで食べてるので、休肝日かつ野菜大盛り。
平日に増えた体重1.5kgも、するっと落ちました。

モツ屋通いはじめて3ヶ月目くらいですが、
あそこはダイエットに良いです。
ささみや赤モツを塩焼きにして食べるのはかなり理想的かと。
白モツや牛ロースなんかは脂質が多いから少なめで。
野菜ものも多いし、豆腐とか納豆もあるし。
3ヶ月食べ続けて、体重増えてない(微減)なこと考えると
理屈的にそこそこイケてるんじゃ、と思います。
だがビールという伏兵が。笑

1年前とくらべて体重が7kgくらい落ちたのですが
冬が来てみたらば、さ、寒い!
寒さが直に骨身にしみます。
痩せても筋肉量が増えたり、基礎代謝が上がれば
寒くないというが、ありゃ嘘だ!
ヒートテックならぬミートテックを1枚抜いだいま、
朝と夜の通勤は真冬の格好をしています。

筋肉は増えたかどーかですが、
見た目筋肉量は変わってないような?
登山は有酸素運動なのでそこまでつかないみたいです。
ただ大腿四頭筋だけは、もりもりしてきた。
(下りと、登りのときに主に使う筋肉)
腹の肉はなかなか落ちないですなぁ〜さすりさすり。

ぽんはご飯をロイカナのダイエットに変えたのと、
遊ぶ時間を増やしました。
いっぱい跳ねまわってくれい。

  • 2014.12.07 Sunday
  • 16:27
  • -

11月26日

がっかりの定番となりつつあるEggs'n Thingsなのに
昼どきに、まだ行列ができてるのが解せぬ!
まだ店舗拡大してるのが解せぬ!
ビールとアヒポキ(まぐろの和え物)で飲むのは好き。

飲めるっつったらBillsも夜は飲めて楽しい。
だがワインが高い。グラスで1000円である。
せんべろ民の自分には1杯しか飲めぬではないか!
横浜で飲むことは滅多になかったのですが、
最近ぼちぼち開発しつつあります。
やっぱり野毛だな!

しっかし赤レンガがこんな観光スポットになるとはなー。
赤レンガといえば、あぶデカですよ。柴田恭平ですよ。
と思ったら、2号館3階にあるbar TUNEには
鷹山刑事と大下刑事の手形オブジェがあるらしい。まじで!

父の実家を片付けたら
また東京に戻ろうかなーと思いつつ、すっかり
横浜ライフを満喫している今日このごろです。

猫のワクチンしたら、当日は2匹とも元気だったけど、
翌日からけろが食欲不振。
今日は早く帰らねば。

けろよー けろよー
 
  • 2014.11.26 Wednesday
  • 17:41
  • -


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